Mouneru.
孤独と友だち
どうしようもなく不安な時、やはり人間は一人だと実感する。体の隅々、生活の隅々にまで不安が行き渡ってしまって、逃げ出したいような、ずっと同じ場所でじっとしていたいような哀しくそわそわした気持ちは、どんなに言葉を尽くしてそれを説明しても、他人とは共有しえない。
暗い部屋でそう考えながらひっそりと体を横たえると、コロナ禍の暮らしを思い出す。
私は一人で家にいるのが得意なほうだが、時々不安に苛まれると、ベッドの中の体が強張ってしまって、眠ることも動き回ることもできなかった。そうなったら、私は部屋の明かりを消して目を閉じて、静かに深呼吸をしながら「孤独は私の友だち」だと頭の中でつぶやく。
孤独が、孤独こそが永遠に私といてくれる。
孤独は静かな部屋そのもののような黒い大きな人影をしていて、冷えた私を覆うようにふんわりと抱きしめてくれる。すると私は暗闇に馴染み、やっと四肢の力を抜いて、少しだけ気を休めることができるのだ。
2026/05/09(土)
20:18
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昨年のメモ
昨年、印象的だったのは、高峰秀子の写真展だ。高峰秀子生誕100年という企画の一端として、様々な巨匠が撮影した高峰秀子の姿を、彼女の経歴や映画作品とともに紹介する展示で、高峰秀子本人が書いた各写真家や監督とのエピソードがとてもおもしろくて、エッセイも読んでみたくなるほどだった。
その一方で、高峰秀子の生い立ちは想像を絶する。
北海道で五人兄弟の四番目として生まれるが、幼い頃に母親が亡くなり、東京の親戚に養女に出される。それからすぐに養母に子役のオーディションを受けさせられ、五歳でデビューし、それ以降、一家十数人を養う大黒柱として働き続けた。
高峰秀子自身は才能豊かで向学心があり、機運にも恵まれて女優としても文筆家としても大成したが、そもそもが望んで役者の道に入った人ではなかったのだ。
日本映画に多大な貢献をした大女優が子役時代からそのように搾取されていたという事実は、古き悪しき日本そのものだなと思った。
2026/01/03(土)
14:59
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もしも
家人がごくたまに話の流れで口にする「もしも自分の背が高かったら、今より人の気持ちがわからない人間になっていたかもしれない」というエピソードがすごく好きだ。
家人はあっけらかんとした明るい性格で、根拠のない自信が彼の周囲に対する優しさや寛容さにすごくいい働きをしている人だ。その上ハンサムでおしゃれだから、若い頃はさぞモテただろうと思っているのだが、その明るさゆえ、背も高くコンプレックスがなかったら、きっと調子に乗ってしまっていたのではないか、と自分のことを分析しているという。
私はそれを、なんて思慮深くて素敵なんだと思うし、実際頭の中で家人の背が高かったらと想像してみる。
彼はお酒が飲めないから遊び方は限定されるが、それでも今の人生より女性関係は派手になっていたかもしれない。若い時期に仕事関係で出会ったモデルと早めに結婚していたかもしれない。そうしたら、私とはすれ違うことはあっても結婚はしなかっただろう。
頭のいい人だから、人の気持ちがわからないということはないと思う。でも、たとえば体のどこかにコンプレックスがある人の気持ちは、理解できないというよりは、背の低い彼より知らない状態で歳をとることになったかもしれない。
その場合、すれ違った私たちは果たして仲良くなれただろうか。そう考えると、私は家人の背が低めだったことにすら、感謝に気持ちを抱いてしまうのだ。
2025/11/04(火)
23:23
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誕生日
十五日で四十五歳になった。あまりイメージの湧かない数字だが、とにかくもう十分すぎるほど大人だ。
十四日に夫と出掛けて、午後三時にはホテルについて、二時間かけてアフタヌーンティーをした。
貸切の部屋に奇妙にのどかなインストロメンタルが流れる中、大きなソファに腰掛けて、フォートナム&メイソンの紅茶を飲み、小さなオードブルやお菓子を次々と食べていく。窓から見える素晴らしい曇天と遠くにそびえる高層ビル。部屋には私の好きなブルー系のお花だけの花束が置いてあった。
本来、こういうことをされるのは苦手だけれど、夫からは別だ。日頃からそういうことをするタイプではない夫が、一緒に楽しく過ごすため、私を喜ばせようと考えてくれることはいつもすごくうれしい。
夫にはほとんどなんでも話せる。自分の体にもうじき更年期障害が訪れそうなことも、最近好きな化粧のことも、仕事先での人間関係のことも、イヤだと思っていることも、好きな作品のことも大嫌いな作品のことも夫と話せる。それは私にとってすごくありがたいことだ。そういう相手と暮らせている私は本当に運が良いと思っている。
ちゃんと二人の関係をメンテナンスして、ずっと心地よく一緒にいるためにがんばる。
2025/10/16(木)
00:49
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叔母の死についての記事
叔母が死んだ時期の記事を別のブログから移そうと思ったのだが、どうやら削除してしまっていたみたいで驚いた。しかし、あれを人に読ませるのかという気もずっとしていたので過去の私の判断も間違いではない。
叔母が亡くなったのは2021年7月31日のおそらく早朝だった。私はあれほど泣いた日々はかつてなかったが、泣くというより轟くというかんじで、外ではいくらでも普段通りに振る舞えるのに、一人の部屋に戻った途端、喉がザーザー鳴るほど泣いて過ごしていた。
叔母が大好きだったとか、仲が良かったからというより、私も母も他の家族も、叔母が統合失調症であると知りながら何もできなかったことが悲しかったし、そういう意味で叔母は病死であったし、私たち家族が殺したという面もあった。
明け方に小さな木の椅子を持って外出し、マンションの屋上へ行って飛び降りたという叔母の行動の予測もついたかもしれないし、通院や服薬をもっと徹底して管理する方法もあったかもしれない。でもできなかったし、しなかった。
あの時期は音楽もアニメも映画も漫画もぜんぶがちゃんと心に届かず、わたすはすべてを明確に嘘だと思っていた。そして、大森靖子の『死神』だけを繰り返し聞いていた。
あれも嘘だが、叫ばない私の代わりに引き裂くような声で歌っていいるみたいで、聴くことをやめられなかった。
あの時感じたフィクション、物語への絶望は今もかなり私の創作のネックになっている気がする。
おもしろいお話、それが私に何をしてくれる、とか、私の考えを伝える物語、伝わったからって何になる、とか。まるでネバーエンディングストーリーみたいだ。
ファンタジーを信じなくなったことで本当にファンタジーを失ってしまった。失いかけたというより、明確に一度失ったのだと思う。
取り戻すためには、とにかく作るしかない。それからたぶん、私が幸せになるしかないと思う。でも、私はそもそも、幸せな気持ちだとあまり創作をしないタイプなので難しいところだ。
2025/10/16(木)
00:22
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